園長ブログ・カピバラのひげ

保育園からのお知らせ・イベント情報

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〒612-8033
京都府京都市伏見区桃山町
松平武蔵2-2
TEL:075-621-2739

世光保育園の外観

日本基督教団 世光教会

障害者デイサービス・ケアホーム・ホームヘルプ ベテスダの家

進級、入園当初は不安な姿を見せていた子ども達も、すっかりゆりチームに馴染んで、好きな遊びをみつけて元気いっぱいに過ごせるようになりました!

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歩く距離を延ばして、泰長老公園までお散歩!満開の桜に笑みがこぼれます!


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摘んだ、たんぽぽを大事に握りしめて、"一緒だね〜"と見せっこ♪


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フワフワの綿毛を見つけて、おもいっきり"ふーー!"


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保育園にお手紙を配達してくれる郵便バイクに憧れて!郵便屋さんになりきって「お手紙でーす!」


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大きな電車を作って、みんなでお出かけ出発!
♪ガタンゴトン〜


これから夏本番!水遊び、感触遊び、プールetc…夏ならではの遊びをパワフルに楽しみたいと思います!(李)
スタッフブログ::ゆりチーム | 02:07 PM | comments (x) | trackback (x)
7月献立表
給食便り | 04:37 PM | comments (x) | trackback (x)
 6月16日から24日まで、バングラデシュへ行ってきました。世光保育園が加盟している日本キリスト教保育所同盟がバングラデシュのプレスクール(就学前児童の就学準備のための幼稚園のようなもの)活動を支援しており、その視察と交流をするためです。

 首都ダッカから小さなフェリーに乗り一晩川を下り、ボリシャルという町に着きます。そこには聾学校があり、耳の不自由な生徒たちが自立のためのトレーニングをしています。

 そこから西方面、クルナ管区というところへ移動し、さらにインドとの国境近くへ行くと、私たちが支援しているプレスクールが点在するタラという村にたどり着きます。

 プレスクールは1ヶ所に20〜40名程度の子どもたちがいて、読み書きや生活習慣などを教えています。バングラデシュの小学生の就学率は決して低くはありませんが、最後まで学び切れずに卒業できない子は少なくありません。外務省のデータによれば、就学率は97%、卒業するのは78%だそうです。親たちは子どもの教育の必要性について十分認識していて、少しでも良い教育を長く受けさせたいと願っています。しかし、小学校に入っても勉強についていけなければ学ぶ気力を失うので、せめてプレスクールで事前学習を受けさせたいと思っているようです。

 でも、それだけではありません。女性たちが自立するために女性たちも働きたいのですが、子どもがいたのでは働きに出られません。そこで、子どもをプレスクールに預けて学ばせている間、お母さんは畑に出たりするのです。その場合のプレスクールは、まさに保育園的な役割です。

 滞在期間中、プレスクールや小学校の先生方との意見交換の時を持ちました。いつもそうなのですが、現地からは「教材が足りない」「給食を食べさせてあげたい」「カバンや制服があれば、子どもたちが学校に来たいというモチベーションに繋がる」「私たちの給料も安いから、もう少し上げて欲しい」などの要望がたくさん出てきます。今回もそのような要望がたくさん出ました。その時です。同行してくれていた現地法人の理事長がひと言「自分たちには何ができるか。どんな工夫が可能か。要望ばかりではなく、そういうことも考えなさい。君たちにできる工夫はまだまだいっぱいあるはずだ。」と話されたので、驚きました。彼は、支援に依存する体質になりがちな思考に対し、自立を促したのです。

 以来、自立ということについて思いを巡らせています。読んで字のごとく、自分で立つという意味なのですが、何でもかんでも自分でしなければならないという意味ではないでしょう。自己責任とも違うし、助けを受けないということでもない。では自立とは何でしょう。

 それは、自分で立とうとすることだと思うのです。誰かに責任を押し付けたり、任せっきりにしたり、頼り切ったりするのではなく、助けを借りながらも自分で立とうとすること、それが自立でしょう。だとしたら、自覚と責任を持って自ら立ち続けようとする覚悟が求められます。そんな覚悟ないと泣き言を言いたくもなりましょうが、私たちは誰しもが社会の中である程度その覚悟を求められているのです。少なくともそういう人を応援したいな、と私は思うのです。

園長:新井 純

『園長ブログ カピバラのひげ』 | 03:49 PM | comments (x) | trackback (x)
6月に入って間もない頃、梅雨前なのに夏を感じさせる暑さの園庭にシャワーが登場しました!

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待ってましたとばかりに集まってきた子どもたち。

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最初は遠慮がちに触っていたのも束の間、あっという間に全身びしょ濡れ・・・。

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とてもとても気持ちよかったです。(恵)
スタッフブログ::のあ・むぎチーム | 01:49 PM | comments (x) | trackback (x)
6月13日(木)世光教会までお出かけし、園長先生からペンテコステのお話を聞きました。

ペンテコステ


その後、教会と同じ建物内にあるデイサービス「晴れる屋」を利用されている高齢者の方、そして普段教会に来られている高齢者の方と交流し、グループごとに歌を披露したりしました。
特に、大羊グループは、手遊びなどのふれあいタイムを持ちました。

はじめまして。こんにちは。
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一本橋、こちょこちょ
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にらめっこしましょ
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あっプップ!
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一緒に歌いました。
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子どもたちから手作りのお花のネックレスをプレゼント
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最後はみんなで、「楽しい時間をありがとう!」
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(恵)
スタッフブログ::のあ・むぎチーム | 01:39 PM | comments (x) | trackback (x)
6月ももうすぐ終わろうとしていますが、まだ関西地方は梅雨入りの発表はなく、蒸し暑い日が続いています太陽

6月5日に、各ご家庭から一輪ずつお花を持ち寄り、花の日礼拝を行いました花



今年もおやつには、あじさいゼリーが登場しました!!

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真ん中の緑色は、マスカット味。ピンク色は、イチゴ味。紫色は、ブドウ味で作りました。

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「今日のおやつは、アジサイゼリーやで!」と、子ども達も楽しみにしてくれていました。

食べている様子を見に行くと、、、

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中には、”はくさい”ゼリーと言っている子もいたり、、、

「ぼく、あじさいたべれへん。。。」という子もいましたが、
「アジサイ味じゃなくて、ブドウ味のゼリーやで!」と声をかけられて、一安心して、
みんな、完食してくれました♪
給食便り | 03:07 PM | comments (x) | trackback (x)
6月に入り、だんだんと蒸し暑くなってきて、梅雨がもうすぐそこまで近づいていることを感じます。

先日、子どもたちが持ってきてくれたたくさんのお花に囲まれて、花の日の礼拝を捧げました。




すみれ(0歳児)、ぶどう(1歳児)それぞれのお部屋できれいなお花を見ながら、「神さまが与えてくださったお花もみんなも大切に守られて、愛されているんだよ。」というお話を聞きました。






色とりどりのお花に興味津々な子どもたち。
じっと見ていたり、そーっと触ろうとしたり、指で〝ちょんっ″とつついてみたり、「っぱ(はっぱ)」「な!(おはな)」とおしゃべりしたり、心で感じたことを表現していましたよ。







礼拝の後には、種まきをしたり、育てているお野菜&お花に水やりもしました。
暑さに負けず、ぐんぐん大きくなってほしいなぁと思います。







色も香りも形もそれぞれ違う花たちのように、子どもたちの個性豊かな姿が受け止められ、たくさんの愛に守られて、これからもすくすくと育っていってほしいと願います。

スタッフブログ::すみれチーム | 08:40 AM | comments (x) | trackback (x)
「成功体験」ある会議でこんなワードが出てきました。かつて成功した体験を元に、それを繰り返して成功させようとする動機のことです。その会議では、盛り上がりに欠けている活動について、大先輩と呼ばれるような高齢の方々が、今の若い世代は何をやっているのだ!と叱責してくるという悩みが吐露されました。今の若い世代は盛り上げる努力が足りないということのようでした。

 確かに批判は甘んじて受けねばならないでしょうし、言い逃れはできません。既存のものを守ったり継承したりするだけでは、すたれてしまうものは確かにあるのです。例えば、日本の伝統芸能である歌舞伎。しっかり受け継いでいかねばならない重要な日本文化の一つですが、次世代にソッポを向かれれば、消滅しかねません。ですから、日本の伝統芸能であるにも関わらず、古典ばかりでなく近代的なテーマを取り込んだ演目なども行われるようになっています。最近では人気マンガのワンピースも歌舞伎になっているとか。歌舞伎でさえそういうチャレンジをしているのですから、文化活動だろうと経済活動だろうと、既存の仕方ばかりではなく、新しいことにもチャレンジするなど、盛り上げたければ様々な努力を惜しんではいられないということです。

 しかし、大先輩方の成功体験だけを拠り所とすると、うまくいかないものです。具体的には、「かつて自分はこういう方法で上手くいった」という手法で物事を進めようとしても、必ずしも同じような成功に導かれるとは限らないのです。理由は様々でしょうが、大雑把に言えば状況や背景は皆同じではないからです。もう少し乱暴に言うと、「時代が違う」のです。
では、成功体験は無駄なのでしょうか?

そうではありません。成功体験は成功の具体例ですから、繰り返して成功することはたくさんあるでしょう。それ以上に、成功体験は私たちに自信を持たせてくれるという点において、大いに役立っています。問題は、成功の一例としての一つの体験に固執した場合です。

例)畑にトマトの苗を植えたら沢山収穫できました。これ成功体験。でも、翌年同じように同じところにトマトを植えたのに、みんな病気になったりして不作でした。運が悪かったのかな?だからさらに翌年同じようにしてみたけど、また失敗。成功したときと同じようにしたのに、なぜ?

 これは、トマトを含むナス科の植物は同じ場所(同じ土)では連続して作れない性質があるからなのです。もし、最初に失敗した時に、なぜ?という疑問と共に原因究明を探していれば、2年連続の失敗はなかったでしょう。でも、一度の成功体験に固執して同じことしか続けなかったとしたら、二度と成功できない可能性だってあるのです。

 ということは、成功体験と同じように、失敗体験も大切だということがわかります。成功するばかりでなく、失敗して悔しいとか痛いとか悲しいとか、そういうことも私たちを成長させてくれる大切な力になっているのです。

 子どもたちにはたくさんの体験をさせてあげたいと思っているのは、成功体験はもちろん、失敗からも沢山学び、それらが生きる力になると信じるからです。

園長:新井 純

『園長ブログ カピバラのひげ』 | 03:26 PM | comments (x) | trackback (x)
先日、京阪特急に乗った時のことです。朝9時頃だったので、まだ通勤通学の乗客もいて混んでいました。次の駅でそれなりの下車があり、目の前の二人席が空いたので、運良く通路側に座ることが出来ました。その直後、乗車して来たおばあさんが私の真横に立つではありませんか。なので、間伐入れずに立ち上がり席を譲りました。上品に会釈して着席したおばあさん、慣れてる感じ。ん、もしかして、狙われた?と心の中で苦笑い。

 念の為、ぐるりと車内を見渡します。座席が横並びになっている車両と違い車両の中間は進行方向を向く座席だったのと、多少混んでいたので、席が少しでも離れていたら譲りにくい状況だったな、と思いました。同時に、なぜこのおばあさんは優先席の方へいかず、中央に入って来たんだろう?などと考え始めました。

 電車やバスで席を譲るか否かという議論が度々なされます。内容としては、元気な人は当然席を譲るべきだという考え方に対し、「元気そうでも疲れていることもある」「体調が優れないこともある」「見えないハンディキャップを負っている」「忙しくて寝る暇もないから電車の中で寝たい」などなど、見かけで判断されて席を譲るのが当然だという見方は違うのではないか?というものです。加えて、「席を譲ったら、バカにするなと叱られた」というケースもあるようです。せっかく席を譲ったのにそれはないですよね。

 でも、そもそもなぜ席を譲ることが勧められるようになったのかを考えてみなければなりません。それは、立っているのがしんどそうな人への思いやりだったのではなかったでしょうか。それが優先席設置のきっかけでしょう。

 優先席はやがて高齢者のみならず、障がい者や妊婦も対象であるという広報がなされていきました。良い広がりだったと思います。なぜなら、皆思いやる気持ちが必要な人たちですから。

 だとしたら、やはり優先席がいつでも「優先されるべき人たち」が気兼ねなく座れなければなりません。疲れてる?眠い?それは誰でも一緒。座りたければ他の人たちと一緒に椅子取り競争に臨みなさい。優先席はそうした競争に参加しにくい、配慮が必要な人たちに「優先」されているのです。じゃあ、せっかく席を譲ったのに、バカにするなと叱られたらどうする?→それはレアケースです。「そういうこともある」からと言って、優先席の権利を侵害していたとしたら、そのことを正当化できると思ってはなりません。

 この考え方に、異論がある方もおられましょう。それは承知の上です。でも、「自分が配慮して欲しい」と思った時にこそ気づかされる事柄はたくさんあるものです。例えば、荷物いっぱい持ってベビーカー押して電車に乗ったら、ベビーカーは邪魔だから畳むのがマナーだ、なんて言われたら切ないでしょ? 大事なのは、自分の主張が自己正当化に終始してないか?そこに隣人への配慮、思いやりはあるか?という振り返りです。優先席が優先じゃなくなっているから、高齢者は譲ってくれそうな人のそばに立つ、なんてことがある社会だとしたら、それは恥ずべきことです。

子どもたちは大人の行動を見ていて真似をします。だから、真似されるに値する大人でありたいと改めて思ったのでした。

園長:新井 純

『園長ブログ カピバラのひげ』 | 03:24 PM | comments (x) | trackback (x)
新入園児とご家族の皆さん、入園おめでとうございます。在園児とご家族の皆さん、進級おめでとうございます。ここから始まる1年が、子どもたちにとって、またご家族の皆様にとって豊かな実りあるものとなりますようお祈りします。

 大きくなったら何になりたいか?大人が子どもたちによくする質問です。まだまだファンタジーの世界で生きている3〜4歳児なら「アンパンマン!」「プリキュア!」などという答えが返ってくるのも珍しくありませんし、可愛いねぇ〜などと笑っていられます。それが年長になっても同じようなことを言っていると「おいおい、そろそろ現実的なことを考えてはどうだい?」という気になるでしょう。でも、そんなのは放っておけば良いのです。いつまでもそんなことを言い続けるわけではありませんから。

 どこの調査かわかりませんが、中学生のなりたい職業アンケートで、ユーチューバーなどの動画投稿者が上位に食い込んでいるのだとか。初めて聞いた時は驚きましたが、よくよく考えれば現代の価値観がよく表れているようにも思えました。すなわち、良い面を捉えれば、自由だし、独創性が生かせるし、創造的で人を楽しませることもできます。

 一方、親が子どもになって欲しくない職業のぶっちぎり1位がユーチューバーだとも。「楽して儲けられると思うな」「いつまでも続かない」「安定していない」「再生回数ばかり気になり始め、物事の良し悪しの分別がつかなくなりかねない」「他者のためのなる仕事をして欲しい」などなどがその理由。なるほど。確かにそうだなと思う一方、でもそれは、例えば視聴率を上げたいために過度な演出やヤラセをする番組制作会社などにも向けられる意見でもありますし、そもそも様々なビジネスが生まれては消え、あるいは栄えては衰退するということを繰り返していることを思えば、動画投稿を職業としたいという思いを無下に否定するのもおかしな話ではあります。もっとも、だからといって、「ユーチューバーになりたい?いいじゃないか!」などと諸手を挙げて賛成しようという気にもなりませんが(苦笑)。

 このモヤモヤは何なのだろう?と思い巡らせていたのですが、見通しの立たない不確かなものへの不安なのかな、と思いあたりました。大人だろうが子どもだろうが、次にどうなるかがわからなければ不安になるものです。仮に、端から見て見通しが甘すぎると思っても、本人に「きっとこうなる」「こうしてみせる!」みたいな希望が溢れていれば、不安よりは期待が方が大きくなるでしょう。ユーチューバーになりたいとか、芸人になりたいという若者が増えているのは、そうした希望の方が不安を上回っているのだろうと想像します。でも、大人はより堅実な道を勧めるものです。成功はして欲しいけど、失敗のリスクは極力下げたいと思うからです。
子どもたちにとって何が良いのか、どうしてあげるのが良いのかは、必ずしもハッキリとした答えがあるわけではありません。その中で、今できること、すべきことは、様々な可能性を秘めている子どもたちに、様々な力を蓄えるチャンスを提供することなのでしょう。それをしてあげられる園でありたいと思います。

園長:新井 純

『園長ブログ カピバラのひげ』 | 03:20 PM | comments (x) | trackback (x)

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