8月に日本列島を襲った台風の影響で、京都府北部も豪雨によって被災しました。福知山市では社会福祉協議会がボランティアセンターを開設し、小規模ながら災害ボランティアの募集と派遣を行なったようです。
それらが終わり、平静を取り戻したかに思えた9月初め、教会関係者から「ボランティアがやりきれなかった土砂除去の集中作業のために人を集めて欲しい」と依頼があり、取り急ぎ関係者数名で現地を訪れました。
現場は、福知山市の由良川沿いの山間部の集落で、小さな谷間の斜面で土砂崩れが発生、それが谷の沢で土石流となって下の農家を襲いました。幸い、山側の庭木が防壁のような形になったため、大木などが家屋を直撃するのを防ぎ、母家に甚大な被害をもたらすことはありませんでしたが、細めの流木や竹、拳程度の大きさの石を含む大量の山土が敷地内を埋め尽くし、母家の床下にも入り込んでいました。
家屋の周りや庭は、重機を入れなければならないと思われました。言い方を換えれば、重機を入れればある程度解決しそうでした。問題は、母家の床下です。床下に流れ込んだ木の根っこや石を含んだ汚泥は、風通しが悪いために乾かず、ドブ川のような異臭を放ち始めていました。このままだと湿気で居室にカビが生えたり、異臭によって住宅として機能しなくなります。従って、速やかに汚泥を除去しなければならないのは明白でしたが、床下は人力でやるしかありません。
急ぎ、仲間内でボランティアを募集し、翌週2日間の汚泥除去作戦を決行しました。
2日間で、延べ30名近くの協力を得て、床下の汚泥除去作業が行われました。畳の部屋は畳を上げて床板を外し、そこから泥をすくい出します。板床の部分は、床下に潜り込んで園芸用スコップで少しずつ泥をかき出します。私は床下に潜るチームを担当しましたが、「よし、誰が入る?」と声をかけても、皆が顔を見合わせるだけなので、まずは私自身が突入することになりました。もちろん、私が入れば皆は後に続くので、その後は皆が興味とやる気を持って、普段入ることなどないはずの床下に潜り込んで、泥かきに精を出しました。全身泥だらけですが、頑張った!と胸を張るみんなの顔は輝いて見えました。
私には災害ボランティアをやるようになったきっかけがあります。2004年、当時暮らしていた新潟で水害が起こり、ボランティア受け入れの手伝いをしました。その時、先輩牧師がこう言ったのです。「私は、隣を通り過ぎない者でありたかった」これは、善いサマリア人という聖書のたとえ話に由来します。強盗に襲われ瀕死の重傷を負った旅人の横を、神殿に仕える祭司やレビ人が見て見ぬふりをして通り過ぎて行きます。でも、普段敵対しているサマリア人は、その人を見つけるなり、手当をし、安全な宿屋に運び込んで介抱したのです。さらに、宿屋の主人にお金を渡し、介抱を託しました。イエス様はおっしゃいました。「誰がこの人の隣人になったと思うか?」
誰もが、どうすれば良いのかを知っています。ただ、さまざまな事情でその一歩を踏み出せないのです。でも、日常の小さな親切なら誰にでもできます。そういう小さな親切を行う姿を見せながら、助け合う心の大切さを子どもたちに伝えられる大人になりたいものです。
園長:新井 純