暑い夏がやってきました。ただ、今年の夏は何かと制限が多く、自由にお出かけできないなど、開放感あふれる楽しみ方がしにくかもしれません。それでも、健康と安全が守られながら、子どもたちには夏ならではの遊びやイベントを楽しんで欲しいと思っています。

とは言いつつ、やはりこの段階で不特定多数の人々が密集することへの懸念は払拭できず、園の夏祭りは中止しました。逆に、日常の保育の延長であるお泊まり保育は、予定通り行いました。あいにくの雨天でしたが、思い出深い一泊二日を楽しみました。

その時のことです。年長児たちと神経衰弱ゲームをしました。裏向けたたくさんのカードを2枚選んでめくり、同じカードを揃えるという昔ながらの遊びです。ゲームが始まって最初の順番の時、ひとりの子がパッパッと2枚をめくり、それが一致したのでサッと手元に取りました。明らかにその2枚が同じカードであることを知っていた動作でした。なので、「知ってたの?」と尋ねると、バレたか!というような緊張した表情で固まってしまいました。「ズルはあかんな」とさとすと、神妙な面持ちで頷いていました。

しばらくして、他の子がカードを選んでいる時、今度は自分の周囲のカードをコソッとめくって覗き見しているのが見えました。「見―たーなー?」と言うと、またまた緊張して固まりました。「ズルしたら楽しく遊べなくなっちゃうよ」と言うと、しまったという表情を浮かべていました。こうしたやり取りを周囲の子も知っていたのですが、わかっているのかいないのか、他の子たちの反応はありません。

ゲームは接戦で終盤を迎え、その子は劣勢だったのですが、なんと最後に運良く5〜6組を連続して引き当て勝利しました。心の中で、(最初のうちにズルしてたしな)と大人気ない心境の私に反し、ゲームに参加していた他の子たちは気にする様子はありません。特に最後に逆転で勝利を逃した子は「今回は○○の勝ちや」とあっさり。「あ、それでええんや?」と、私は拍子抜けしてしまいました。

別に勝ち負けにこだわっていたつもりではないのです。楽しくやっていたゲームが、ちょっとしたズルで勝ち負けにこだわるものにされてしまったことが、なんか嫌だったのです。もちろん、勝ち負けにこだわることがいけないのでもないし、やるからには勝利を目指すのは当然です。でも、そのためにルールを破ったり、仲間に背を向ける行為が正当化されてしまうような利己的な発想の芽があったとしたら、摘んでしまいたいと思ったのです。

でも、結果的に、私が勝負にこだわっていたのかもしれません。子どもたちはもっと単純に、そして純粋にゲームを楽しんだのです。中には、やっと1組だけ取ることができた子もいました。その瞬間は、私の方が喜んだほどです。周りの子はキョトンとしていました。でも、そうやって、みんなそれぞれのゴールや目標を持って、友だちや先生と一緒にゲームをすることを楽しんでいたのかもしれません。

「大人の価値観を押し付けないで!」と、また子どもたちに教えられた気分です。
園長:新井純


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